焼け焦げてカビが生えた本になぜそんな価値があるのか。それが古代の天才数学者アルキメデスの現存する最古の写本(10世紀成立)だからである。ただし、その文字は13世紀に上書きされた祈祷文などのしたになり、ほんのかすかにしか読めない。
本書はこのアルキメデス写本解読の過程とそれによってもたらされた数学史上の発見をめぐる物語である。解読作業のプロジェクト・ディレクターを務める学芸員ノエル氏とアルキメデス写本の研究者ネッツ氏が各章を交互に執筆している。前者が写本のたどった数奇な歴史や困難を極めた修復過程、そして、先端技術を駆使した写本の画像化を語る一方で、後者はアルキメデスの数学的思考の独創性や新たな発見の意義を解読するといった具合である。
大勢の研究者や技術者からなるプロジェクト・チームの協力によって写本の文字が徐々に浮かび上がり、解読され、数学史学的な重要性が見出されてゆく。著者の二人の知的な興奮が読者にも如実に伝わってくるような、見事な叙述と構成だ。そもそもアルキメデスの思考法そのものがあくまで図形に即していたこともあり、ネッツ氏の説明を読みながら丹念に図をたどれば、一見難しそうに見える幾何学命題の証明も、予備知識なしに理解できることだろう。
著者は、アルキメデスの論証にはいつも「手品の瞬間」があるという。本書は、いわばそんな手品の醍醐味を素人にも味わわせてくれる。
本書に登場する数学史家・斎藤憲氏の解説を得て、この翻訳は、精度が高いのみならず、ある意味では原書に勝るものともなった。上質の歴史ミステリーであるとともに、書物や知の運命について深く考えさせる一冊である。
解読! アルキメデス写本

